
コピアポアと夜間飛行
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サボテン好きなら誰しも憧れる存在。
サボテンの王、黒王丸。
一部のオールドスクール・サボテン生産者に伝わる、「白くなる」系統の種子から育てられた株が入荷しました。
接木ではなくじっくりと地植えで育てられた株。実生6、7年とのこと。
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黒王丸は南米・チリ北部にある、アタカマ砂漠が原産。
年間降水量が平均10mm以下と極端に少なく、世界一乾燥した地域として有名な場所です。
そんな「死の世界」で、黒王丸はどうやって生き抜いているのか?
そのカギは大西洋—アンデンス山脈—アタカマ砂漠の位置関係にあります。
峻険なアンデス山脈をこえてアタカマ砂漠へと漂ってくる大西洋の潮風はやがて霧になります。黒王丸はそのわずかな水蒸気を太いトゲでキャッチし、すこしづつ滴らせることで、自らに灌水していると考えられています。
極地を生き抜く凄みを感じます。
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チリ・アンデス山脈で思い起こしてしまうのは、作家サン=テグジュペリ。
星の王子さまの作者として広く知られていますが、郵便機のパイロットとしての数奇な経験を「夜間飛行」や「人間の土地」といった文学作品に昇華させました。
初期の代表作とされる「夜間飛行」は南米郵便機のパイロットとして、最も危険とされたパタゴニア線を飛行していた体験を元に書かれています。
アルゼンチン—チリ間を飛行するこのルートは、アンデス山脈の’Vient blanco'と呼ばれる、50m/s超で狂奔する風との死闘を意味しており、実際サンテックス自身、幾人かの僚友を失っています。
極大化された危険に身をおくことで再発見することとなる実存と尊厳を、往時のフランスの作家らしく観念的に、しかし非常にうつくしい筆致で描いたマスターピースです。
新潮文庫版の巻頭にある地図をみると、当時の郵便機のルートはアタカマ砂漠の上も飛んでいる。※サンテックスの所属したフランスの航空会社とは異なる、他国の便だったようです。
夜空の星が世界一うつくしいとされるアタカマ砂漠。夜間飛行中の眺めもどんなにか素晴らしいものだったでしょう。
コピアポア属は長いもので寿命が100年ほどになるとされています。いま現在アタカマにいる、古老の黒王丸の中には、1930年代当時、郵便機の爆音を頭上遠くに聞いた株がいるかもしれない。
そして、夜間飛行中の郵便機パイロットは操縦桿と格闘しながら、雲の切れ間、眼下遠くに異形のサボテン群をちらりと見とめたことがあったかもしれない——。
夜、手もとの黒王丸をためすがめつしながら、そんなことを考えるのが愉しい。
なお、新潮文庫版の「夜間飛行」「人間の土地」は宮崎駿氏のイラスト入り。
public domain image
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現在、黒王丸をはじめとするコピアポア属は、気候変動の影響と乱獲や違法採集により個体数が危機的なまでに減少しています。
違法採集された株は、残念ながら日本にも輸入されているそうです。
現地球には強い憧憬や執着を感じてしまうものですが、自生地の現実をしっかりと認識し、憧れは憧れにとどめておきたいところです。
また、国内の生産者さんは現地球を理想としながらも、心血をそそいで育成にあたっています。その成果にはいつも驚かされます。
自生地に想いを馳せつつも、国内生産者さんが大切に育成した植物を愛でていきたいと思っています。